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私のチュン 連載10

私のチュン


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2005/06/17
 危機一髪 戻る次へ


§§§ 寒さに弱い訳?
 チュンが寒さに弱いのはよく知っている。 以前にも書いたが、脱羽が進んで、人間が着ている肌着に相当する、あのダウンのような羽毛が少なくなっているからだ。 残っているのは、羽根と呼ばれるもの、が主である。 それも怪しくなっている。 羽毛といえば、本来、羽根も含めるべきものだろうが、羽根は、大きい、骨のしっかりした羽毛として、ここでは区別する。

 羽根は、昔、羽根ペンといって、ペンの代わりにしていたこともあるので、映画やテレビで観たりして、手にしたことはないにしても、形状がどんなものか、ご存知のことだろう。 もちろん、スズメのことだから、ペンの代わりに出来るほどの大きさのものはない。 しかし、形状は全く同じだ。


 それでも、部位によって、大から小まで、色は、概してスズメ色といったらいいのか、茶と黒と白の三色が基本だ。 柄を表現するのは難しいが、白と黒のツートンもあれば、三色を組み合わせた縞模様もある。



防空頭巾
 その構造も見事なもので、例えば、頭から首にかけては、防空頭巾の様である。 といって分かる人は、少なくなったかも知れない。 座布団のような形の綿入れを、二つに折って、短辺の一つを縫い合わせ、そこを頭頂部に当てるようにして、かぶるものだ。 ヘルメット兼防寒具といってよい。


 おしん、を見た人は、ああ、あれかと、思い出す人もいるかも知れない。 その防空頭巾のようなものが背部や腹部の羽根を覆うような構造だ。 今、思い出したが、忠臣蔵の討ち入りの際、大石内蔵助が火事場装束に身を固めるが、そのときの頭巾が、形や機能から見て、それに近いかも知れない。 それが、今では、それも脱いだようなものだ。 背中や腹に、風通しが良くなった。

 
 高空を飛ぶとき、そうでなくても、風を切って飛ぶので、体温を奪われる。 これは、バイクなどで走るとよく分かるが、なまじのシャツ姿では、冬には走れない。 革ジャンが、伊達ではないことがよく分かる。




 だから、鳥類は、皆、そのように思うが、防寒対策にも抜かりはない。 脚から膝(ひざ)にかけて、パッチ (股引のこと) をはいたように、羽毛に覆われている。 すね部は、小枝に引っかからないように、締めておかねばならないから、登山家がはく、ニッカボッカと言ってもよい。  チュンも、同じで、ひざ上から腰まで、細かな羽毛で覆われていた。 それも、今では、ぼろパッチ状態だ。 私も、昔、経験があるが、寒いというより、格好悪い。

 止まり木に止まっているチュンを観て、頭は禿げているのは、直ぐ分かるとして、ちょっと見では、異常に気付かないかも知れない。 翼を閉じていると。 首はすぼめているから、背部と胸部と両翼と尾羽しか、見えないからだ。 その部分は、今のところ、大丈夫だ。 ただ、それは、外観のことで、下着に相当する、温かい、羽毛はない。 羽根は幅が広いから、まばらに生えていても、外観状は問題ない。 粗末な下着でも、コートを着ていると、ぼろ隠しになるのと同じだ。


 両翼と尾羽は、それこそ、羽根だけで構成されているから、まあ、良いとする。 背部と腹部と胸部の羽根だけが、かろうじて残っている状態が、どんなものか、紹介しよう。

 チュンが飛んでいるところを想像していただこう。 チュンは右翼を痛めているから、実際には飛べない。 また、スズメの具体的な飛び方は知らないが、例えば、ツルの飛び方を真似ているとする。 例えば、マナヅル がそうだ。 マナヅルは、首を伸ばして、脚も後方に伸ばして、翔ぶ。


 ツルは、スズメと違って、翼をあまりバタバタさせないで飛ぶ。 実に優雅である。 下から見上げても、横からでも、何処から眺めても、美しい。 鳥肌が見えるところはない。 裸出部は脚ぐらいだろう。 脚といっても膝から下である。




チュンの場合
 真正面から見ると、禿げ頭とは分かっても、まあまあ、それなりの格好に、見えるかも知れない。 胸部から前腹部にかけての羽毛は、見かけ上、問題はないからだ。

 真横から見ると、異常に気付くだろう。 頭から首、翼下の胴の上部、それに、大腿部が、殆ど、まる裸だ。 といっても、胸部と背と腹側にある羽毛が、また、それらを膨らませたりもできるから、その気になれば、少しは、外見を繕うことが出来るかも知れない。 ただ、止まり木にいるときはいいが、風を切って飛んでいる時に、それが出来るかどうか、余裕があるかどうか、は疑問である。 裸といっても、ニワトリの鳥肌のように、ぶつぶつ感はない。 色は赤銅色で、綺麗な肌だ。


 真上から眺めると、頭から首は、仕方がない、禿げの隠しようがない。 しかし、背部には、羽根が残っている、といったので、もう、裸出部はないのでは、と思うかも知れないが、そうではない。 残っているとは言ったが、馬のたてがみ程度である。 普段は両翼で隠せるが、ツルの様に飛ぶとなれば、両脇腹が丸裸に見えるだろう。

 真下から見上げると、顎(あご)から喉(のど)にかけては、まあ、大丈夫だろう。 頭頂部は見えないはずだから、禿げ頭とは気がつかないかも知れない。 首は、仕方がないとして、その他の上半身も、まあ、それなりに、大丈夫だろう。 ところが、下半身が丸見えである。 恥ずかしながら、太腿から肛門まで、はっきりくっきりだ。 パッチは脱いだ、パンツも脱いだ、という状態に近いかも知れない。


 それでも、醜いという感じは、一切ない。 赤ちゃんが、綺麗な衣装で身を飾らなくても、裸のままで、可愛いのと同じである。


   このような状態のチュンが、寒くないといったら、やせ我慢もいいところだろう。 せめて、パッチ (股引) だけでもはかせてやりたいと、いつも思うがどうしようもない。





§§§ もともと寒さに弱い
 前述のような、今シーズンのチュンの姿では、寒い思いをしたのは、当然のことだろう。 毛布に閉じこもる日々ではあったが、無事に乗り越えてくれた。 ところで、我々は、ツルやカモのことを見て、鳥類は、寒さに強いのではないかと、勝手に想像しているところはないだろうか。 実際に、雪が降る中で、スズメが元気に遊んでいる姿を何度も見たことがある。

 ところが、若かりし頃のチュンが、寒さで、死ぬ思いをしたことがあった。 これは、家内から聞いた話である。 当時、私もサラリーマンで、明るいうちには、家にいたことがなかったから、チュンと遊びはするが、世話は、家内まかせだ。 実は、今でもそうだが。





お仕置き
 掃除する時や、特に、チュンが言うこと聞かないとき、鳥篭に入れて、ベランダに出されていた。 二人の娘も、子供の頃、同じようにされていた。 押入れの中のこともあった。 だから、チュンも、スズメだからといって、分け隔てはしていない、同じ扱いと言ってもよいだろう。 少々寒くても、日光浴にもなるし、何しろ、おとなしくなる。 チュンも、反省するところがあるのだろう。

 
 何が気に入らないのか、時々、鳴きわめいたり、噛み付きまわすこともあった。 とてもひつこいことは、前に書いた通りだ。 人間では想像できない。 今でも、そうだ。 こんな時に、ベランダ出しは、効果てきめんであった。





スズメの訪問
 ベランダに出していると、ときどき、スズメが訪ねてくる。 相手は、好奇心満々の様子であるが、チュンは、全く関心を示さない。 見向きもしない。 私は、スズメではありません、と思っているに違いない。 思えば、可愛そうなことではあるが、人間として育てていくしかない。

 何が、チュンの気を静めるのか、今もって、分からない。 野生のスズメでもなさそうだし。 本当に反省しているのかも知れない。 見違えるように、何事もなかったように、いつものチュンになる。


 天気は良いが、寒い冬の頃、いつものように、チュンをベランダに出していた。 それが、チュンのことを忘れて、家内は、買い物に出かけたそうだ。 それでも、帰ってきて、すぐ気がついた。 慌てて鳥篭を見るが、そのとき、チュンの姿が見えなかったそうだ。 一瞬、鳥篭の扉を閉め忘れたまま、ベランダに出したのかと思って、青くなった。

 以前、気付かずに、扉を開けたまま、外に出したことがあった。 チュンは、鳥篭から脱け出し、ベランダに出ていた。 その頃は、チュンも若く、元気であったから、本気なら、素手では捕まえらない。 そして、何かに驚いて、庭にでも飛び降りたら、見失うかも知れない。 そうなれば、猫も犬もいる。 生きては帰れまい。 考えれば考えるほど、悪い方に行く。


 これといって妙案はない。 驚かさないように、そーっと近付くだけだ。 いつものチュンでいてくれたら捉まえられる。 そう思っていたら、幸運なことに、自ら、鳥篭に帰った。 気は揉んだが、これが普通のことで、逃げ回る方が、本来は、少ない行動だ。

 というのも、チュンは、この鳥篭こそ、我が家と思っている。 悪いことをして逃げ込むのも、餌を奪って逃げ込むのも、怖いと思ったときに逃げ込むのも、ここだ。 言ってみれば、治外法権である。 そのことを、チュンは知っている。 そして、私たちも、そのように、取り計らって来た。


 しかし、扉は、ちゃんと、閉まっていた。 よく見直すと、チュンは、お気に入りの、例の、赤い箱 の中に、うずくまっていたそうだ。 かって、私の宝物が入っていた赤い箱だ。 その中に、小さくなって、うずくまっていたから、見えなかったようだ。

 留守にしていた場合、玄関の開く音を聞きつけると、早く来いと鳴き叫ぶことが多い。 黙って、すねることもある。 それでも、近付くと、伸びをして見せたり、貴方なんか知りませんよ、という顔をするが、止まり木のてっぺんにいるし、動きもする。




悪い予感
 このときは、どうも様子がおかしいと、直ぐに気がついたという。 死んだように動かなかったからだ。 この赤い箱は、チュンのお気に入りで、出たり入ったり、隠れたりはするが、長く籠もることはない。 すぐに、抱き上げるが、動かなかったらしい。 ただ、まぶたを、閉じたり、開けたりしているだけで、身体も冷たい。

 家内は、泣きながら、何時間も手に抱いていた。 その間も、チュンは、眠ったように、動かなかった。 死の予感さえ、したという。 本当のところ、その瀬戸際だったに違いない。


 野のスズメは、寒くなれば、暖かいところへ移動することが出来る。 また、それが、どこにあるかも知っているはずだ。 ところが、チュンの場合、狭い鳥篭の中では、それが、したくても出来ない。 それでも、赤い箱の中に、うずくまっていれば、風除けにはなる、と考えてのことだろう。

 チュンは偉かった。 取り得る最善を尽くした。 そして、またしても、あの赤い箱が、チュンの命を護り通した。 チュンの身体は、次第に熱くなり、眠ったような状態からも、立ち直り、私が帰ってきたときには、いつものチュンだった。 話を聞かなければ、気がつかないほどに。






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