私のチュン 連載18
私のチュン
§§§ 衣替えをするのも色々
どんな動物でもそうかも知れないが、季節により衣替えをするようである。 犬でも猫でもそうだ。 主には、季節による温度の変化に対応するためであろう。 夏服のままでは、寒くて冬は越せないし、また、冬服のままでは、これもまた、暑すぎて、夏は越せない。
衣替えは面倒臭い、どうしても、同じ服で通したいという人にとって、それは不可能かと言えば、そうでもない。 北極圏とか南極圏とか熱帯圏といった、一年を通して温度変化の少ない地域で生活すれば問題ない筈である。 一年中、着たきりで居られる。
暑いや寒いが極端なところは、旅行ならともかく、生涯に渡って生活するとなると、とても出来ない。 私は嫌である。 丁度、合服程度で居られるところが良い、という人も多かろう。 これもまた、不可能かと言えば、そうでもない。
少し、金はかかるが、今の世の中なら可能であるし、現にその様な生活振りの人もいると聞く。 好きなときに、避暑地や避寒地へ移動するのである。 候補地は、世界中にいくらでもある筈だ。 自家用ジェット機でもあれば、さらに言うことはない。
とは言っても、こんな生活が出来るのも、ほんの一握りの人間しかいないでしょうね。 ただ金があるだけでは不可能だ。 暇もなければならないから。
ところが鳥類は違う。 誰もが、自家用ジェット機を持っているようなものである。 季節の移ろいと共に、ちょっと高原へ、南の方へ、北の方へ、と言った具合である。 移動距離の大小は様々であろうが、メジロ でも モズ
でも、殆どの鳥は移動していると言ってよい。
一般的には、食べものを求めて移動しているといわれている。 それを否定するものではないが、寒がり屋の私が、鳥の気持ちになって考えるに、「餌には不自由しないが、寒くなってきたから、人里に下りて来た。 そうしたら、餌もあった」 と言う事になる。 それに、普通、餌が少なくる前に、寒くなるのが自然の摂理と考えるからである。
本当に食べものが無くなってからでは、遅すぎるし、また危険でもある。 移動途中、空腹で倒れるやも知らん。 また、先日、「黒太郎一家の10年」
という、ナベヅルの渡りの観察記録をTVで観た。 FNS
ドキュメンタリー大賞受賞作品である。
そのナベヅルが、暖かくなってきたからといって、シベリア方面に帰って行った。 当然のことながら、撒き餌をしていたから、餌は豊富にある。 それでも帰っていったということは、餌の有無で判断するのではなく、やはり季節の移ろいを感じて、移動すると言って良い。
§§§ 鳥の衣替えはちょっと違う
前置きが長くなってしまったが、鳥類にとっての衣替えは、多くの哺乳類のように、体温調節を主たる目的にする必要がない、と言いたかったからである。 かと言って、新陳代謝のためにも、衣替えは必要であろう。 ついでながら、鳥類の衣替えのことを
換羽
というが、ここでは、気にする必要はない。
では、どうするか。 恋の駆け引きを、より効果的にするために、身を飾ることに専念するのである。 哺乳類が厚着や薄着にこだわるのと、鳥類の衣替えは、根本的に異なるという訳である。
鳥類は、繁殖期が近づくと、お相手探しのためであろう、綺麗な
羽衣 (うい) に衣替えをする。 重ねて言うが、暑い寒いからではない。 そして、綺麗な羽衣に身を飾るのは、オスだけとは限らない。 雌雄で個体数に差がある場合、数が多い方が、身を飾るのではないかと考えている。
普通は、オスの方が数が多いから、即ち、競争相手が多いから、選択権を持つメスに、少しでも、自己アピールするために身を飾る。 人間のように、「美男子ではないが、性格が良さそうだから選ばれた」
という選択はしてくれない。 一にも二にも、美男子が好まれる。 だから、人間に生まれてきて良かったと思われる方も多かろう。
§§§ 遅まきながら
最近になって気がついたが、チュンの 羽毛
が少し増えたような気がする。 というか、確実に増えたと言ってよい。 もちろん、後頭部から首にかけては、以前と同様である。 脇腹や臀部や大腿部も然り。 だから、普通の人が見れば、「なんも、前と変わってへん。 つるっ禿げやないか」
と言うだろう。
それでも、真正面から写真を撮れば、連載(1)
にあるものと大差がないと思っていただきたい。 もちろん、あくまで真正面から見たとしての話であるから、この写真の中で、どこが見えて、どこが見えないか、想像して貰う必要がある。
去年の秋頃は、オデコの羽毛まで禿化が進んでいた。 昔、加藤茶と志村健の
「ひげダンス」
を観たことがある方なら分かると思うが、その付け髭のようである。 要するに正面から見ると、鼻の下ならぬ、嘴の上に、例の付け髭状の羽毛が、ちょこんと乗っているようにあるだけで、頭頂の禿げ部が丸見えであった。
それが今は、その髭が頭頂部を覆っている。 上から見れば、ラグビーボールの様である。 このような頭の刈り方をしていた、元ラガーがいたが、それはどうでも良い。
腹部の羽毛も見るからに薄くなり、貧相であったものが、今は、下着も着けた、まあ、立派なものに見える。 ここで、下着も着けたと書いたが、本当にその様に見えるのである。
§§§ チュンの下着は汚白色?
普通、スズメ
の腹部は白色、または、象牙色をしているというのはご存知であろう。 程度の低い図鑑などでは、「汚白色」
と表現しているものもあるが、これは、あくまで、程度が低いもの、ということを付加えて置く。
色自体はあくまで物理的な事象を言葉で表したものだ。 それを、綺麗だ、汚いだ、というのは個人的感情だろう。
cf. 時代は変わりつつある
利休鼠
スズメの腹部の色を英語では、"pale grey"
としているから、「うすねずみ色」 または、北原白秋作詞の歌 「城ヶ島の雨」 に出てくる 「利休鼠」
という色であろう。 これが本物というものである。
その腹部の羽毛は、黒と白の二色に色分けされている。 先の方が白く、根元の方が黒い。 普段は、その黒色部は隠れて、表からは見えない。
チュンが首を下に曲げて、腹部の毛繕いをするときがある。 このとき、腹部の羽毛が丁度、身体の中心線に沿って、パカッと、左右対称に綺麗に割れて、中が見えるときがある。
あたかも、上着の前ボタンを外した時に、下着がチラッと見えるような状態である。 それが、白い上着の下に、黒い下着をつけたように見えるのである。 何とも粋ではないか。
これは、あくまで下着で、また、見せびらかすものでもない、と言っているようだ。 保温の効果など、他にも色々あるかも知れない。 下着のメーカーや、服飾関係者は、スズメから、装う知恵を学んだ方がいい。
§§§ 冬の宮殿
チュンは、昼間は電気座布団の上にフリースをかけた、仮の家の中で過ごす。 いわば、冬の宮殿である。 というより、秋冬春の宮殿と言った方が正確かも知れない。
cf. チュンの宮殿
腹が減れば、そこから抜け出し、本宅 (鳥篭) の中にある餌場や水飲み場に出かけるのが常だ。 また、気が向けば、庭の水風呂にも入る。 これは、意地悪で水風呂にしているのではない。 あくまで、チュンの好みである。
それでも、夜は、本宅で寝かせる。 これは、けじめである。 ダンボールで二重に囲み、(電気座布団ではなく)
電気カーペットの上に置き、電源は入れておくから、部屋も暖まり、凍死することはない筈である。
思い返せば、去年の暮れ頃から、よく毛が抜けるなぁ、と思っていた。 私のことではない。 チュンのことだ。 それが、年が明けて、月の半ば頃であったろうか、ごっそり抜けることが多くなった。 そうでなくても、まる禿状態であったことは、前に書いた通りである。
朝になって、例のフリース建ての別宅を掃除するのであるが、今まで見たことがない程の量の、抜け落ちた羽毛がいっぱい見つかった。 ひと塊になるほどであったから、数十本はあったろう。 これが、私が見ただけでも数回あったから、先行きを心配したものだった。
その内、七面鳥の丸焼きのように、素っ裸になってしまうのではないかと心配していた。 それが、不思議なことに、見かけ上、禿化の進行が見られない。 もともと禿ているから、気がつかなかったのか、増えもせず減りもせず状態にあった。 要するに、心配した、七面鳥の様にはならなかった。
それが、減るどころか増えていることに、最近になって、気がついた次第である。 思えば、丁度、カモ達が
夏羽 (生殖羽) に換羽する頃であった。
§§§ スズメの場合
スズメの場合、換羽の条件は、他の鳥類とは少し様子が異なるものと考える。 避暑地にも避寒地にも行かない。 要するに人間と同じ環境下で、同じところに住むことを好む。
それに、雌雄の個体数に差がない。 だから、着飾る必要もないし、嫁の来てがないと思い煩うこともない。 だから、衣替えは、もっぱら、人間と同じように、体温の保護が主目的であろう。
チュンは、元はと言えば、スズメであるから、人工的な暖房で保護されているとは言え、今年の寒さに、敏感に反応したのではなかろうか。 そして、昨シーズンは、暖冬ではなかったか。 もし、それが正しいのなら、昨シーズン、脱羽が進んだまま回復しなかったことも、これで説明できる。
今シーズンの厳冬が、もっとチュンの発毛を促し、出来ることなら、もう一度、チュンの晴れ姿を撮ってやりたいものである。
§§§ 玄関の敷居が高すぎる
それでも、チュンの体力の衰えは止められない。 最近は、せっかく設えた、本宅の玄関の踏み台も登れなくなってしまった。 蒲鉾板4枚分ほどの高さの踏み台である。 その踏み台から玄関の敷居までは、更に同じほどの高さがある。
若かりし頃のチュンは、踏み台無しに、床からジャンプして玄関の敷居を跳び越し、その先にある止まり木まで一気に跳びついていた。 飛ぶのではない。 跳ぶのである。 綺麗に放物線を描いて。
仕方なく、本宅の基礎部分であるプラスチック製の底部を外した。 金網で骨組みされた底のない鳥篭を、そのまま床に直置きする形である。 ただ、掃除し易いように、床に置いたトレーの上から鳥篭を被せる様に置くのである。
これで、本宅の玄関の敷居を、蒲鉾板が二三枚ほどの高さに下げることが出来た。 更に、床から敷居まで鉾板一枚で渡した。 言わば車椅子用のスロープのようである。
ところが、チュンは、このスロープを使えない。 足が滑って上れない様子である。 ご存知のように、スズメの歩き方は、人間の様に、足を交互に前に出しながら歩くのではない。 両足を揃えてホッピングする歩き方である。 この歩行方法では、確かにスロープは向かないに違いない。 もし、疑うのなら、滑り台で試してみたらいい。
体力が衰えてきた場合、本当は、このようなスロープが、エネルギー消費を押さえて、楽な筈でる。 そのスロープが使えないとなれば、鳥類の老後の生活は、結構大変だ。 八十や九十になって、身の丈の半分ほどの高さの敷居を跳び越えなければならない。 こんなこと、人間の誰ができる?
止むを得ない、蒲鉾板をもう一枚見つけて、踏み台にしてやろうと考えている。 そして、これから先のことは、これから先に考える。
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