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賢者のことば 連載14

賢者のことば


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2005/08/24
 フィリッピンからの賢者のことば (14) 戻る次へ




 ・・・ 無償の愛 ・・・

愛に 見返りを 期待してはいけない
ただ 待つだけ  それが その人の
心の中で 育つのを

たとえ そう ならなかったとしても
十分ではないか  なぜなら それは
きっと 育っているから
あなたの 心の中で





 この言葉は、前回と同じ、「無償の愛」 ということでしょう。 宗教家や、それなりの人が解説するのならともかく、私がとやかく言えるものではありません。 それより何より、解説も何も、国や民族や、宗教さえも越えて、誰しもの心に響く、普遍的なことばでしょうね。

 私が思い当たるとすれば、母親のみならず、父親でもそうでしょう、子育ての頃の、子供に対する献身は、この言葉に恥じないものの、一つではないでしょうか。 それなら、二つ目は? と聞かれると、大きな声では言えないが、私には、二つ目は、ないかも知れない。

 そして、この子供に対する献身は、人間だけの持つ、崇高な愛と思うのは、他の生きものたちが聞けば怒るでしょうね。 というより、むしろ、人間の方が恥ずかしい、情けないものかも知れない、と思うことがある。 何も、TVや新聞報道で、よく目にする、子供に対する虐待、といった例を出すまでもなく、我がことの事である。


 「八幡ニュース」 で紹介した、子供を守ろうとして、嘴に大怪我をしていたカルガモの母親は、何事もなかったように振舞っていたし、また、ヒバリ の項で紹介したように、私の気をそらそうと、身を挺して、目の前でホバリングを繰り返した。






誰かのように
 こういう危機的状況は、不意にやって来るものだろう。 それが、常々、訓練でもしていたら別であるが、突然であれば、普段の自分が出てしまうに違いない。

 私は、スズガモ の話の中で、阪神大震災のとき、悠然と寝ていた話を自慢げにしたが、これとて、実際は、子供のことなど、思ってもいなかった。 また、お化けが出たら、皆を放ったらかしにして、一番に逃げ出すと、公言もしていたから、良くは思われてはいないだろう。




 こんな私でも、納得した言葉がある。 何処で見たか聞いたかは、忘れたが、「子供は 三歳までに すでに親孝行は 済ませている」 というものである。

 子育ては、決して楽なことではない。 子供は決して、天使のようでもない。 自分本位であること、この上ない。 自分を愛するものしか愛さない。 この賢者の言葉のような、無償の愛は、決してない。

 どんなに疲れていても、真夜中でも、泣く時には泣く。 それも、辺りかまわず大声で。 それが、何日も続くこともある。 たまったものではないが、幸いなことに、私は知っていた。 こちらの都合で、泣き止めさせることができないことを。


 また、歩けないうちは、風呂にも一緒に入れなかった。 というか、入れさせて貰えなかった。 危なっかしくて、私に赤ちゃんを託せなかったのであろう。

   また、当時、仕事も忙しくて、休日以外は、子供が、まだ、眠っている内に出勤し、夜は、眠った後に、帰宅するのが普通であった。 だから、母親が、目の届くところにいる間は、膝にも乗ってくるし、まあ、普通の父親で居られた。 ところが、一旦、姿が見えなくなると、よそのおじさんにしか見えないのであろうか、途端に、そわそわし出したものだった。

 こんなこともあって、私と一緒に外出とか、留守番とかは、一切できなかった。 必ず、母親が一緒でなければならなかった。 幸いなことに、私は知っていた。 こちらの都合で、信頼を強いることができないことを。 それこそ、待つしかない。


 他の父親に比べ、長かったのか、短かったのか、それは知らない。 それでも、その日が来た。 娘が、三歳の頃だったと思う。 ひらかたパークに誘ったら、一緒に行くという。

 初めての、二人だけでの外出であった。 全幅の信頼を勝ち得たことが、つないだ手の感触を通して、伝わってくる。 そのことが、何よりも嬉しい。

 以来、昼寝の時は、私の腕を枕に眠り、起きている時は、私の膝の上にすっぽり収まって遊ぶ。 それが、日常になった。


 そんなある日、泊りがけで海水浴に行ったことがあった。 そして、遊び疲れて、皆で昼寝をしていた。 もちろん娘は、私の腕枕で寝ていた。 いつしか、私も眠りこけていた。 何処にでもある、平穏なときを過ごしていた。

 それが、ふと気がつくと、娘が、しくしく泣いていたから吃驚した。 大声で泣くのではない。 もし、大声で泣くのなら、それは自分本位の、不満の表現であろうと思う。

 訳を聞くと、私が、突然、腕を引いて、頭を落としたという。 故意に、私が腕を引いた、と思ったのであろう。

 もし、それが本当なら、娘にとって、こんな悲しいことはない。 そして、信頼を裏切られるという経験を初めてしたことになる。 大声では泣けない、悲しみであろう。

 故意ではなかったと、娘に詫びると、また、家内や熊本のおばあちゃんが説明すると、いつものように、何事もなかったように、元気を取り戻した。


 そのとき、思ったが、信頼を損なうことが、そして、それは、自分には気がつきにくいもので、それが、また、どれほどの悲しみを与えるものか、気付かせてくれた。

 そうでなくても、娘が成長していく中で、今のように、大声で泣けない、悲しみにも、これから、多々、出会うであろうことを思うと、信頼に耐え得る、父親でありたいと誓ったものだった。

 ところが、このことを、その後、成長した娘に話すと、全く、覚えていないという。 さらに、何処で聞いてきたのか、『親孝行は、三歳までに、済ませたからね』 とのたまう。 ・・・・ まあ、いいか。 確かに、そんな気がするからだ。






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