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私のチュン 連載25

私のチュン


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2008/10/11
 老化は仕方がない (3) 戻る次へ


 思えば、チュンの老化の兆しは他にもあった。 また、それは誤解から始まっていたのである。



§ 大飯ぐらいのチュン
 チュンの食へのこだわりには驚かされるし、また、羨ましくもある。 何しろ、私は厳しく食事制限を強いられているから尚更である。

 三度の食事には呼ばれなくても必ず顔を出すし、自分の部屋に帰れば小鳥用の餌ではあるが、何時でも食べることが出来る。 常に補充されているから無くなることはない。

 そういえば、それは "もみ殻つき" の五穀混合のものであったが、最近は "殻なし" に切り替えた。 チュンは、もみ殻を取り外せなくなったからである。 それに、乾燥野菜やビタミン剤も入っているようだ。


 実際に、目覚めれば餌場に赴き、それを食べては、また眠る。 喉が渇けば、適当に水も飲む。 時に気が向けば、庭 ("夏の宮殿と冬の宮殿" を結ぶ新聞紙の上のこと) に出て散歩がてら落ちこぼれをつまみ食いする。


 この落ちこぼれの拾い食いは楽しかろう。 食べ散らかしたものばかりで、大したものはなかろうが、何が落ちているか分からないところがよい。 それは、我々が夜店を覗き周りながら、美味そうなものを買い食いするようなものである。




掘り出し物
 トウモロコシの食べ残しを置いておくと、チュンの眼につきやすいし、また実に器用に芯をほじくり出して食べるから面白い。 チュンにしても、思わぬ掘り出し物に出逢えて嬉しかろうと思うのである。

 我々は、トウモロコシの芯だけを残して食べ切ったように思っているが、チュンから見れば、むしろ、芯の中に取り残されているものが美味いのである。

 我々は、あの黄色の粒の固いところだけを食い千切るようにして食べているから、その根元の柔らかいところが芯の中に取り残されているのである。 それがチュンの嘴 くちばし の形と上手く合って、驚くほど綺麗に取って食べる。






夜店
 私が子供の頃は、その夜店が月に何度か、家の近くであったものだ。 それらが無くなったのは最近のことではない。 どこそこの神社仏閣などのお祭りに出かけなければお目にかかれなくなった。

 今の時代なら親が同伴しなければ、そういった夜店にも行けないかも知れないが、当時は子供同士で行ったものだった。 ただ、残念なことは、買い食いというほどのものが出来なかったことだろう。

 表向きには、買い食いは厳禁であった。 ばい菌がうようよいるだとか何とか言うが、つまるところは、経済的な理由であったろう。 それを隠れてするところに面白味があるのだが、何しろ手持ちが少ないので、いろいろ考えて選択をしなければならない。

 今思い出すと、ハッカのキセルや、ニッキや、冷やし飴や、ニッキ水や、なんと言うのか知らないが "イカをローラーで延ばしたもの" など何とも懐かしい。

 そして、それも食べ物にまつわるものばかりである。 お面やおもちゃの類は買いたくても買えなかったに違いない。 記憶にないのである。






§§ それは誤解
 いつ頃からだったろうか。 もう、一年ぐらいにはなるかもしれない。 チュンのウンチがやけに大きくなったのである。


 ハトやツバメやインコの糞を目にしたことがあろうかと思うが、見るからに汚らしい。 白っぽくて、水気が多く、べちゃっとしてる。 こんなものを手の上にされたらたまったものではない。

 実際に、なんかの祝賀会だったか、ハトを放したのはよかったが、上空で旋回するうちに落とした糞が背中にかかった。 誰も言い出せなかったから、本人は気付かなかったかも知れないが、ただ、礼服が台無しである。


 こう言ってはなんだが、チュンのウンチは形が綺麗である。 まさに米粒大で、また、実際に米粒に形が似ている。 それに、茶色と白の2色に色分けされている。 また、ころころと転がるほどに、適度な硬度を有しているから可愛いもんである。

 まぁ、悪いところがあるとすれば、私は時に、落としたご飯粒を拾って食べたりすることがあるが、ふと間違って、それを口に入れはしないか、という心配があることである。 そのことは常に、注意を喚起しつつも、何しろ無意識の、癖のものであるから尚更である。



 それが、いつのまにか巨大化したのである。 直径にして 1.5倍、長さにして 3倍ほどであるから、体積に換算すれば1.5 x 1.5 x 3 = 6.75倍ほどにもなろう。

 私は、当然のことながら、チュンの大飯し食らいのせいにしたのである。 それはそうだろう。 歳をとって、運動量は極端に少なくなり、食っちゃ寝食っちゃねしている上に、食べる量だけは減っていないからである。 私は腹いっぱい食べたいのに、"腹四分目" で我慢しているのをチュンは好き放題食べているのである。 悪く思われても仕方がなかろう。

 それが、最近になって、私の誤解ではないかと思うようになったのである。 可哀そうなチュン。







§§ 出そうででない
 よくまぁ、ぷりぷりと簡単に、しかも頻繁に脱糞できるものだと感心していた。 それが、いつ頃だったか気が付いたのであるが、巨大な糞の場合には、そうも行かないようである。 うんうん気張っている姿を見かけるようになったのである。

 その格好は、犬でも猫でもよく似たものであろうと思うが、鳥でも同じで、いわゆるへっぴり腰で気張るのである。 それでも駄目なら、セキレイ類 の様には行かないが、お尻をピンピンと上下に振ったりする。





セキレイ類が一番
 このお尻を振る程度では、出るものは高が知れている。 それでも、出ないよりはましなのか、次に便意をもようしたときなどに、それこそ、どばーと出るようである。

 お尻を振る動作といえば、上手いのは、鳥では セキレイ類クイナ類 であろう。 それでも、タヒチアンダンスやベリーダンスの激しさには、とても及ばないだろう。 ただ、彼女たちも便意をもようしているときには、そこまで腰は振れまい。

 一方、クイナ類 は、腰をひょこひょこと器用に振るが、どちらかといえば、ドジョウすくいのおっさんが登場するときの歩き方に似ている。 素人ではとても真似は出来ないが、この程度では糞切りには効果がないであろう。

 思うに、"糞切り" には、セキレイ類 の腰の振り方が一番ではなかろうか。 ピンピンと適度にスピード感があり、如何にも歯切れがよいから、糞切りにも効果があろう。 ちなみに、セキレイに聞いてみないと分からないと思うが、彼らの辞書には "便秘" というものはないに違いない。





 チュンも真似るが、誰が見ても上手くない。 足のバネに頼りすぎているのである。 本来は足腰の力を抜いて、臀部だけをぴんぴんさせねばならないのではないか。 それが、チュンの場合、お尻をピンピンさせると同時に身体が動いてしまうのである。

 そんなチュンを見て、私は笑っていたのである。 可愛そうなチュン。







§§ 笑い事ではない ・・・ 糞づまり
 最近のことであるが、チュンが便意を催して、いつものように踏ん張っていたし、ピンピン腰を振っていたのであるが、出た気配がないことに家内が気が付いた。

 そこは子供二人を育て上げた母親である。 手に取り上げてチュンの肛門辺りを、油か何かつけた麺棒でこちょこちょしていたと思ったとたんに、どばーと超特大級のものが飛び出したのである。

 こういった光景を何回か見ていたある日のこと、といっても、つい一週間ほど前のことに過ぎないのであるが、いつもの様子と違うのである。

 踏ん張ってるのだが、腰も振れないほどの、物凄い気張り方である。 うんうんと、全身の力を込めて気張っていることが伝わってくる。 ついに、両翼を広げてこけないようにしながら、さらに力を込めているものだから、見ている方も苦しくなってくるのである。 こんな苦しそうなチュンを見たのは初めてであった。

 たまらず家内がいつものように介護するが、効き目はなかったのであった。 肛門は真っ赤になっていて、さらに血がにじんでいたが、どうしようもなかった。

 それでも、油を塗ったり、抗生物質が入った軟膏を塗ったりしていたら、少しは出たようで、チュンは何ごともなかったように帰っていった。



 ここに到って気が付いた。 チュンの特大のウンチは、何も大飯ぐらいによるものではなかったと。 こまめに出したいのであるが、それが出来なかったのであろう。 それも老化に由来する、と思うに到ったのである。 飼い鳥の死因の多くは腸閉塞と聞いたことがあるからだ。  チュンは、何度も死ぬ思いをしてきたに違いない。

 私も、このときだけは覚悟した。 人間なら便秘のいい薬があるのだが、どうしたものかと思っていたら、いつの間にか、家内が小鳥用の便秘の薬を買ってきたから驚いた。

 飲み水に数滴たらして置いたり、食べ物にも混ぜたりするもので、生薬ということである。 いわゆる漢方薬であるらしい。 私は、どちらかというと、漢方薬は好まない。 熊の胆嚢 たんのう だとか、サイの角だとか、何かいかがわしい気がするものがあるからだ。

 科学では解明出来ていない何か不思議な効果があるのもよいが、どちらかというと、解明できているものの方が好きだからである。 ところが、不思議なことに、その便秘薬がチュンを再び元気にしてくれたのである。

[参考] やけに長い名称の薬である
  「栄養補完食
 小鳥の知恵シリーズ
 糞が悪いときに
 胃腸のトラブルがある小鳥に
 小鳥の快腸飲料」
 発売元: トーラス株式会社
 主原料: サンザシ、ドクダミ、ケツメイシ、カンゾウ


優しさモード
 確かに、特大級は少なくなった。 今のところ、平穏な日々が続いている。 そして、チュンが元気になったらなったで、私の優しさモードのスイッチも、いつの間にか切れているのであろう、"この大飯ぐらい" だとか、"甘えるのもいい加減にしろっ!" だとか、手の中で気持ち良さそうに眠ってるチュンを、用事があるからといって、ポイと 冬の宮殿 に置いてきたりするようになっている自分に気付くのである。

 それこそ、思えば幸せなことかもしれない。 心配事や、悲しみや、後悔するような出来事などが、優しさモードのスイッチを点火させるのであろうと思うからである。

 誰しも、優しさモードが、かならずしも幸せとは限らない。 何もない平々凡々こそ、幸せの極地ではなかろうか。 最近、そう思うのである。 チュンから教えて貰った。








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