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海外ドライブ 連載22

海外ドライブ


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2007/10/18
 海外ドライブ旅行のすすめ (22) 戻る|次へ


§ パンク騒動の顛末記
 前回の 海外ドライブ(21) では、初めて経験したタイヤのパンク事故について、レンタカー保険の観点から紹介した。

 単にパンクといっても、話せば長いドラマがあったのである。 これまで予期せぬ出来事で済ませたが、ドライブ旅行をする限りは、それではいけないだろう。 危険予知の観点から言えば、そのレベルは高い筈である。

 そういう訳で、パンク騒動の事の顛末を紹介して、これから海外ドライブ旅行に挑戦される方々に少しでもお役に立てればと思う次第である。




§ 対人地雷にも匹敵するパンク事故
 一口にタイヤのパンクといっても、色々なパンクの仕方がある。  2006年11月のニュースで、停車中のクレーン車のタイヤがパンクして、傍にいた乗用車に乗っていた子供が重症を負ったというものがあった。

 詳しいことは知らないが、爆風で窓ガラスが吹き飛んだのであろう。 パンクしたタイヤの接地面の溝がほとんどないほどに、激しく摩耗した状態だったことが原因という。

 クレーン車は、車体が重たいだけあって、タイヤに加わる圧力は非常に高い。 それが、一挙に破裂 (バースト) すると対人地雷にも匹敵する威力があるに違いない。



余談
 対人地雷というのは人間の手足を吹き飛ばして戦闘能力を失わせることが目的であり、特に命まで奪う必要はないという。 というか、殺してしまってはいけないのである。 それならば、戦闘員を一人しか減らせない。

 それが、重症程度で済むように設計しておけば、その怪我人を介護するために何人かの人手が必要であろうから、それを含めた人数分だけ戦闘員から離脱させることが出来るという。

 また、怪我が治っても、再び戦闘要員に戻ることはない。 兵器と言う考え方からすれば、これほど投資対効果の良いものはなかろう。

 またまた、直接、手に掛ける分けでもないから罪悪感も少ないであろう。 なるほどと言えば、なるほどと感心するが、なんとも残酷な考え方である。

 本当の対人地雷は、さらに内部に金属片などを組み込んだりして、更に多くの人間を半殺しにできるように工夫されているという。






§ 命拾い
 もう何十年もむかしの話であるが、普通の乗用車でもこのようにパンクすることがあった。 バースト burst と呼ばれるパンクの仕方である。 私も経験がある。

 確か、会社のレクレーションだったか何かで、同僚たちと奥琵琶湖へ遊びにいった帰り道のことである。 名神高速から京都南の料金所への誘導路を走行中に右後輪だったと思うがバーストした。

 急にハンドルを取られて、それを立て直そうとして、反対方向へハンドルを切ると、それが切りすぎて、それをまた、立て直そうとするから、ジグザグ走行になった。

 何が起こったのか分からなかった。 これが本線走行中に起こっていたら大事故になっていただろう。 誘導路であり、速度も落としていたから、横転はまぬがれたのである。

 その後スチールタイヤが常識となり、このようなバーストというパンクの仕方は無くなった。 いつの間にかタイヤの空気が抜けていて、それも知らずに、朝、走り出して始めて、何か、ハンドルが重たいな、車もガタガタするなと気付くのである。

 そして、気付いたときには、もう走れない。 スペアタイヤに交換するしか方法はない。 それでも、バーストに比べたら格段に安全になった。 技術の進歩で、パンクに起因する事故については、ほとんど耳にすることがなくなったのである。

 最近は、故意に鋭利な刃物でタイヤを刺したりしてパンクさせるという悪質な犯罪のニュースが、ときたま聞かれるといったように、パンク騒動も様変わりしている。 逆に言えば、それほどにタイヤの信頼性は向上していると言えるようになった。



余談
 この七月末、軽自動車に乗り換えた。 何しろ小さいから、スペース確保のため色々工夫がしてある。 後部座席のシートを持ち上げないとエンジンは見えないなど、普通車とは勝手が違うことが多い。

 商談の際に、展示されている車をいろいろ点検していると、スペアタイヤが見つからない。 何処にあるのかと係員に聞くと、そんなものはないという。

 ならば、パンクしたらどうするのか? と聞くと、間に合わせのために圧縮空気を注入するキットが後部座席の下に入れてあるということだった。

 要するに、圧縮空気と一緒にゴム状の液体を注入し、空気の抜ける原因となっている穴を塞ごうというものであった。 そうすれば、近くのガソリンスタンドぐらいまでは走れるでしょうという。

 これはこれで理屈である。 スペアタイヤ一本分の空間は、軽自動車にとっては貴重である。 バーストでは役に立たない修理キットであるが、その心配が極めて少ないというデータがあるから出来ることである。









§§ 事の起こり
 今回の旅で起こったパンクに気がつき、レンタカー会社に苦労して電話を架けた件については、前回 (海外ドライブ(21)) お話したとおりである。


 それは、2007/06/02 (土) ハンガリーのヴェスプレーム Veszprem というバラトン湖 Balaton に近い町の小さなホテルに泊まったときのことだった。 そして、いとも簡単にパンク修理が出来たように思われたかも知れないが、そうではなかったのである。




§§§ タイヤ交換もままならない
 翌朝になって見ると、タイヤは完全にぺちゃんこになっていた。 食事を済ませたあと、早速、スペアタイヤと交換することにしたが、これがなかなか上手くいかないのである。 ホイールカバーの外し方が分からない。

 これを外さないとホイールを止めてあるナットも外せない。 普通は、単に嵌め込まれているだけであるから、ドライバーでこじ開けるようにすれば取れるが、何しろレンタカーでもあるし、小さいながらも外車であるから、様子が分からないのである。


 仕方なく、恥を忍んで宿の主に応援を頼みに行った。 若い兄ちゃんが、こころよく引き受けてくれた。 ところが彼にとっても外車であることは変わらない。 ここはハンガリーだ。

 二人で、いろいろ試すがうまく外れなかった。 そうこうしていると、これから出発しようとして駐車場に出てきた四五人の男たちも応援に駆けつけてきてくれた。

 カバーの穴から覗くとワイヤーのようなものが見えて、それをドライバーでこちょこちょ触っていたら外れたようである。 単に嵌め込み式と思うが、構造を確認しなかった。

 それというのも、ホイールカバーが外れると、ホテルの兄ちゃんが、その後、タイヤ交換まですべて全てしてくれたからである。 手伝いする間もなかった。 今思えば残念なことをした。






§§§ スペアタイヤはいいけれど
 スペアタイヤに交換したのはいいけれど、まだ旅の途中である。 この先また、いつパンクするか分からない。 早くパンクした方のタイヤを修理して、それをスペアとして準備しておかなければ、夜中や山の中などでパンクしたらお手上げである。

 と思って、タイヤ修理をしてくれるところがないか聞いてみた。 そうすると、ガソリンスタンドを紹介してくれたから、なるほど日本と同じようなシステムであると勝手に想像していたのであった。

 丁寧に場所を教えてくれたが、慣れない所だから、迷ってしまって、住宅街の中に紛れ込んだりした。 また人を捉まえて道を聞くが言葉はまったく通じない。

 もちろん市街地図も持っていないから、身振り手振りである。 さんざん走り回って、やっとガソリンスタンドを見つけたと思ったらパンク修理はできないという。 また、他を探すが、どこも同じ答えであった。

 『タイヤがパンクしたので直して欲しい』 とか 『タイヤ修理は出来ない』 と言うことは、お互い身振り手ぶりで分かる。 ところが 『それでは、出来るところを教えてく下さい』 というのがなかなか通じない。



 そのやり取りを見ていたのか、たまたま給油に来ていた人が説明してくれた。 英語が出来る人だった。 その日は日曜日だったのである。

 給油は出来るが、修理できる人が休みでいないという。 しかし、あなた方がこれからバラトン湖の方へ行くということであるから、そこには大きな町もあるから大丈夫だという。

 本当はパンク修理してから出発したかったのであるが、なるほど、この町で探しても埒が明かないことがよく分かった。 道中不安であるが先に進むことにした次第である。 今日はバラトン湖で一泊する予定である。

 バラトン湖は琵琶湖とほぼ同じ大きさであるが、東西に細長く、ハンガリーの海と呼ばれて、風光明媚な高級リゾート地で知られているようだ。






§§§ バラトン湖畔で一休み
 今、その東端から西に向かって進んでいったのであるが、湖が見え隠れして、また、道路も極めてよく、走っていて気持ちが良い。  そして、休憩を兼ねて湖岸を見て見たいと、小さな脇道を入っていった。

 すると単線の鉄道の踏切があった。 右手にプラットホームが見えた。 Fovenyes という駅名が見えた。 この鉄道は湖岸沿いに走っているので、この辺りがリゾート地として発展してきた原動力となっているに違いない。

 その小さな踏切を越えて直進すれば湖に出る筈であるが、その道はない。 線路に平行した道路を左折して少し進むと、その先は行き止まりのようで、そこに整地も区画もされていない広場があった。 ここが駐車場らしく、車が数台停めてあった。



 車を降りて先に進むと、今まで木立で見えなかったが、丁度、目の前に、日本の "海の家" のようにお店が並んでいるのが見えた。  縦方向から眺める格好になるので、お店の裏表が同時に見える。

 店の裏でバケツ置いて、魚をさばいているおばさんの姿があった。 表側の木陰には木製の背の高いテーブルが並んでいるようである。 立ったままでも、座っても食べることができるように工夫されている。 ここからは未だ湖畔の風景は見えない。

 更に進むと視界がぱっと広がり、お店の前には、大して大きくはないが芝生の広場に木立があり、その先に湖畔があり、遠くに対岸の緑がぼんやりと眼に入る。 想像通りの湖畔の風景がそこにあった。




バラトン湖畔
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バラトン湖畔 ハンガリー 2007/06/02 Photo by Kohyuh







§§§ グッドアイデア
Balaton_datuisyo
これは何? バラトン湖畔 ハンガリー
2007/06/02 Photo by Kohyuh
 五六組の家族づれやカップルが敷物の上でくつろいだり、水遊びをしている姿もあった。

 芝生の中には電話ボックスのようなものが立っていた。

 はじめは何であるかは分らなかったが、着替えをするところである。

 そこに消えた人が出てきたときには水着姿になっていた。

 近づいて見ると、ドアがあるわけではないが、入り口からは中は見えない。








 "の"の字のようになっているから、少し回り込むと、人が一人立てるほどのスペースがある。

 中に人が居るかどうかは、足元に20cmほどの隙間があいているから外から分かる、という仕組みである。 天井はない。







§§§ 魚のスープ
Balaton_soup
魚のスープ バラトン湖畔 ハンガリー
2007/06/02 Photo by Kohyuh
 昼食時でもあったので、魚のスープとアイスクリームを食べたが、とびきり美味かった。

 このバラトン湖で獲れた魚で、先ほどさばいていたものである。

 この魚のスープは、随分むかしになるが、小諸に旅行した際に食べた鯉こくの次に美味かった。

 ぶつ切りの魚の大きさといい、スープといい、本場のブイヤベースどころではなかった。






 それでも、日本の "鯉こく" の味噌汁仕立ての方に分があろう。 川魚独特の生臭さを恐れず、極限まで薄味を追求しているように思うからである。

 それに、家族経営であろうか、サービス振りも自然で笑顔を絶やさなかった。 こういったお店での笑顔は、最高のおもてなしの一つといえるだろう。

 私が現役の頃、会社の近くの居酒屋では、いつ行っても夫婦喧嘩しながら料理したりしていた。 まったく興ざめである。 他に行くところがなかったから利用しただけである。



 見知らぬ国の旅先であればこそ、心からの笑顔に接することほど嬉しいものはない。

 私たちの 『とても美味しかったよ』 という言葉に、返す笑顔が気持ちが良い。  それに応えて、家内が例によって、折り紙で感謝の気持ちを伝えた。 大いに喜んでくれたことは言うまでもない。
 
 


《余談》 鯉こく
 小諸城跡内の小さな茶店で食べた鯉こくは美味かった。 私は群馬県に住んでいたことがあるので、鯉こくについてはいろいろと食べてきたが、これは飛びぬけていたと断言できる。


 その鯉こくは、出来上がるまでに随分待たされた。 今、鯉を釣りに行っているのではないかと思うほどであった。 何しろ、家内や子供たちが食べ終わっているのに、私の鯉こくだけが、まだ出てこないのであった。


 それなりの訳ががあった。 まず、その大きさであり、新鮮さである。 写真にあるバラトン湖の魚のスープに見えるものより勝るとも劣らない。 また、鯉こくは作り置きが普通である。

 それを、一から料理を始めて、たった今出来上がったものであることが、ひとくち、口に入れただけで分った。 鯉こくは、作り置きすればするほど生臭さは消えるものだ。

 それを感じるものの、いや、むしろ、それがあるからこそ、より一層の、新鮮さだけが持つ、うまみが強調されるのであって、これは驚きの体験であった。


 以来、やわらかーい! とか、生臭くなーい! とか奇声を発して、料理の感想を述べる人を見ると腹が立つ。 美味いものを食わす値打ちがない。


 次に、その鯉は子持ちであった。 これは何も特別なことではなく普通のことではあるが、それでもパンパンになってこぼれ落ちるほどであった。

 鯉こく文化のこちらでも、さすがに家庭ではそうは行くまい。 子持ちでもなく、小さな切り身のものであろう。 ときにお店でも、そういったものもが出されることがあるが、これは "飯や" での話だ。

 その次は、これも初めて経験だったが、腹側のウロコがわざと残してある。 それが柔らかくて、まるで軟骨をたべているような食感がして、もっと食べたいと思ったほどだった。




 ここの湖岸は砂浜ではなく石組みで護岸されていた。 海のような潮の流れがないから、湖では砂の堆積は期待できないのは、どこも同じであろう。

 ただ残念に思うのは、広場の両端は葦らしき水草などが生い茂り、視界を遮っていたし、それ以上は行き場がないのである。 もっともっと湖岸が広がっているものと思っていた。

 それでも、如何にも湖の風景であるし、また、それが普通のように思うのであるが、そうではないことが後で気付くことになる。 それは、今はまだ知らない。







§§§ バラトン湖畔の宿 (ハンガリー)
 ここに到るまでに、ガソリンスタンドの様子を見ながら走って来たが、パンク修理のできそうなところは皆目なかった。 要するに、見るからにピットインの設備がないのである。

 いずれにしろ、今日はこのバラトン湖畔に宿を求めるのであるから、そこで聞けば良いと考えていた。  例によって、観光地から少しはなれたところが、安くて、私の好みにも合うという気があった。 車であるから観光地へは、いつでも後で見に行ける。



 バラトンフレド Balatonfured とか、ティハニ Tihany といったリゾート地は、黙って通り過ぎた。 そのまましばらく走り続けていると、ペンションの立て看板が眼に入った。

 早い時間帯に泊まるところを見つけることが出来たら、高級なところに越したことはない。 ゆっくり雰囲気を楽しめる時間がある。 逆に、遅く着いた場合、いくら高級なところでも、ただ寝るだけだからもったいないだけである。







 そのペンションは、別荘のような雰囲気が合った。 湖岸にも近いし、周りには緑が広がっているだけで民家も何もない。 近づいてみると大きな庭があり、池があり、芝生が広がっていた。

Balaton_pension
ペンション バラトン湖畔 ハンガリー
2007/06/02 Photo by Kohyuh



 少し高いかもしれないが、雰囲気が気に入ったので、ここにしようと心に決めた。 門をくぐると駐車場があり 4輪駆動の大きな車が置かれていた。 泊り客のものだろう。 横に停めると私たちの車が余計小さく見えたものだった。


 玄関に入って声をかけると、上品そうなおばさんがにこやかに正面階段を下りてきた。 ちょっと場違いなところへ飛び込んできたかもしれないと思ったが、今さら引き下がれない。


 今晩泊めてもらえるかどうかたずねると、もちろんOKという。 部屋を見せてもらったり、料金を聞いてみると吃驚するほどでもなかった。

 さっそく手続きに入ると、旦那さんらしき人が現れて、色々説明してくれるが言葉が思うように通じない。 すると誰かを呼ぶのか、庭に出て手招きしたかと思うと、若い、感じの良い男が入ってきた。


 後で分かったが常連の泊り客のようである。 ドイツのシュトゥットガルト Stuttgart から来たとのこと。 家族で遊びに来ているようであった。 その人は、庭の木陰でパソコンを叩いていたりした。


 そして、まるで母国語のように英語で喋り始めた。 ここは池で泳いだり、ボール遊びしたりする広場があったり、と親切に説明してくれた。

 私は、湖がそばにあるのに、どうして池で泳がなければならないのかと不思議に思ったが、ふんふんと聞いていた。 なにも説明が無くても立派な家であることは見れば分かる、そう思っていたのである。








§§§ こんなことが許されるのか?
 なにより、陽はまだまだ高い。 早速バードウォッチングの用意をして散歩に出かけることにした。 しばらく歩くと鉄道の踏切があった。 これを越えれば、もう湖岸は目の前にあるはずである。

 ところが目の前にあったのはキャンピングカー専用の宿泊地である。 フェンスで仕切られた向こうに林や湖岸が見えた。 「許可無く立ち入りを禁ず」 との立て看板があった。

 そして、この敷地がとてつもなく広く、湖岸を占有しているのである。  15分ほど歩いて、やっとオートキャンプ場の端に辿り着いたと思ったら、今度は別荘が立ち並び、それぞれがフェンスで囲って湖岸に近寄れないのである。

 それでも、そんな馬鹿なことはない、もうちょっと行けば脇道があるだろうと思ったものだった。 ところがそうではなかった。 例え車で走ったとしても、通り過ぎたリゾート地まで行かないと湖岸は見れないであろうという思いに到った。

 偶然だったのである、最初にバラトン湖の湖岸に辿り着いて、その風景に酔いしれたのは。

 cf. バラトン湖畔
 cf. バラトン湖 Lake Balaton






《余談》 入浜権
 日本でも堺のようにコンビナートが立ち並ぶところでは、海岸に近づけないのが普通である。 本来、海や海岸は、個人や法人が所有できない国のものだ。 そういった場所は、特別な理由がない限り、漁釣りや水遊びをしたいという "入浜権" があるという考え方がある。


 その特別な理由というのは、例えば、関空周辺の海は、テロ対策や飛行機の安全な運行のために、立ち入り禁止に指定されている、といったものである。


 日本では、海岸近くの宅地がプライベートビーチといって、海岸線まで立ち入り禁止には出来ないはずである。

 そういうこともあって、堺のコンビナートでも、警備員に許可を貰えば海岸線に入れてくれるところが多い。 日本では、プライベートビーチというのはないのではなかろうか。

 cf. プライベートビーチ (ホイアン)
 cf. プライベートビーチ (ランカウイ島)








 日本にとって幸いだと思うのは、川や海は国有財産であるということだ。 ところが海外では少し様子が異なる。 例えば、英国では広大な領地を持つ貴族がたくさんいて、その領地内の川や湖は、その領主が持ち主である。 普通の人は釣りどころか、川や湖に近寄ることさえ出来ない。


 ご存知の方も居られようが英国人の冒険家だったニコルさんが、日本に来たときに驚いたのは、山奥で炭を焼いているような普通の人が、マスなどを釣ってご馳走してくれたことだと言っていた。

 現在でも英国では、川や湖での釣りは貴族のスポーツである。 入浜権など、もともと無かった。

 そんな英国でも最近は、広大な領地に通り抜けやハイキングコースといった小道 Foot Path を設けて、その範囲内で通行が認められているところが多い。

 だから、別荘地がバラトン湖周辺を占有しているというのは、不思議でもなんでもないのかも知れない。 旧体制下の特権階級だった人たちの既得権だろうか。






英国でも ・・・
 思い返せば、英国の湖水地方でさえ、道路から美しい湖の景色を眺めることが出来ても、水際まで行けるところはほとんどなかった。

 バラトン湖と同じように、散歩していたときのこと、湖岸道路を歩くが、行けども行けど、生垣や塀で阻まれて湖面さえ見えない。

 そのまま、しばらく行くと湖面が見えるようになった。 そこは公園の入り口のような感じがしたので、なにも考えずに、どんどん入っていった。

 中には、別荘やキャンピングカーなどがあって、公園ではない雰囲気である。 それでも湖岸にでて、堪能するまで湖を眺めることができた。

 その帰り道、もと来た入り口をよく見ると、"部外者は立ち入り禁止" という小さなプレートが貼ってあった。 私有地だったようだ。

 そういえば、様子でも伺うような男の姿が眼に入ったが、そのとき私有地に入っているということに気がついていなかったから、気にもしていなかった。 現在の米国であれば射殺されていたかもしれない。








§§§ やっと状況が分った
 バラトン湖の湖岸に宿を求めたときに、主人が英語の達者な常連の泊り客をわざわざ呼んで、この宿がいかに素晴らしいか説明させた理由がやっと分った。

 池で泳げるといった意味もやっと分かった。 散歩にでる前に庭に出たら、例の常連客の奥さんらしき人が、蛙のいる池を泳いで見せたが、その意味が分った。


 湖岸に出ることが出来ないという立地条件では、普通の客は、この宿に泊まる意味がない。 そう言えば、私たちの後から、もう一台車が来たが、女主人と一言二言、言葉を交わしたと思ったら、引き返していった。

 そのとき私は宿泊料金の交渉が決裂したと思っていたのである。 そうではなかったのだ。 湖岸に出ることが出来るかどうか聞いたに違いない。 私でも、もしこのことを知っていたら、そうしただろう。



 しかし、縁とは不思議なもので、この宿に泊まってよかったのである。  宿泊手続きをしていたときに、パンクの件を持ち出して、近くに修理してくれるところがないか聞いてみた。

 やみ雲に探すより人に聞くのが一番だ。 しかも、バラトン湖まで行けば良いと聞いてここまで来たのであるから、無い訳がない。


 それが思案顔である。 あることはあるのであるが、その場所を説明するのが難しいようである。 二つ三つ前の町まで引き返さなければならないようである。

 ここに来て、数十キロも引き替えすのは、如何にももったいない。 先に進む方向であれば少々遠くても、目的地に近づくわけであるから全く問題はない。


 私たちが何処から来て何処へ行こうとしているのか、旅のルートは説明してあったにもかかわらず、引き返すように言う気が知れないと、親切に説明してくれているのに、ふんふんと半分聞き流していた。 明日、一日も走れば、パンク修理なんぞはどうにでもなると思っていたのである。







§§§§ これは、おせっかい?
 翌朝、宿の主とチェックアウトの手続きをしていたら、何も言っていないのにパンク修理屋さんの場所を地図にメモしてくれた。

 何と言う名前だったかなぁと、また、例の常連客を呼びつけた。 また、彼は何でも良く知っていた。 どこの信号を左に曲がってとか、詳しく説明してくれた。

 私は、だまって話を聞いていたけれど、内心は、先に進んで行って自分で見つけようと思っていた。 引き返すという選択肢が受け入れがたかったのである。




 往復だけでも少なくとも一時間以上はかかる距離である。 すると宿の主が電話を掛け始めた。 修理屋さんの名前が分ったからかもしれない。

 そして、今、電話をしといたからと言って、電話番号のメモをくれた。  余計な事をしてくれたものと思いつつも、こうなるとそこへ立ち寄らない訳にはいかない。

 『そんな日本人は来なかったよ』 ということが耳に入れば、日本人の品格が疑われてしまう。 誠心誠意、労を厭わず説明してくれたものを、砂を掛けて去っていくような真似だけはしたくない。

 そこは有名な観光地であるから、引き返しても損はないだろうと決心した。 これまで先へ先へと予定を進めてきたので、観光する時間的な余裕も十分あった。



 それに、湖岸へ行けなかったことに腹立たしい思いをしたのは、何もこの宿に対してではない。 このような不平等の存在に対してである。

 お節介に思うほどの親切も、おそらく日本人として初めての訪問客であろう私たちに対して、期待を裏切ったかもしれないという思いがあってのことだろう。 その思いは私たちに十分に伝わった。

 それらのおもてなしの心を感じたからこそ、引き返してでも行こうと思ったのである。 いずれにしても、私たちにとっては、雰囲気も、おもてなしについても、何本かの指に入るよき思い出の宿であったことは間違いない。



 お見送りを受けて出発したが、天気もよく、ドライブ日和である。 もと来た道とは思えない。 景色も違って見えたものだった。

 それも影響したのであろうか、教えてくれた修理屋さんがなかなか見つからなかったのである。 立派な名前とは裏腹に、小さな看板と小さなお店で、しかも裏どうりにあったから、気付かずに通り過ぎていたようだ。

 ここまで来るのに、もう一時間以上かかってしまった。 車を停めて、作業服を着たおじさんに声をかけると、その手を止めてやってきた。

 やはり連絡が入っていたようだ。 トランクを開けて荷物を取り出すのも手伝ってくれた。 そして、テキパキとタイヤを取り出して、くるくると少し回して見たかと思うと、これだといって指で差し示した。

 ねじ釘のようなものが刺さっていた。 ものの数分もかからなかった。 修理しておくから一時間ほどしたら、また取りにおいでという。


 ここで、修理しておいて良かった。 というのは、これから先、パンク修理できるようなガソリンスタンドには、お目にかかれなかったのである。 そのガソリンスタンド自体、ガス欠になるかと思うほど眼に入らなかったのである。





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