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シャモニー Chamonix 

出逢いもいろいろ


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2006/07/10
 シャモニーにて Home

2004年 5月 8日 - 5月 9日

★若き弁護士

§§§ 出逢い (シャモニー)
 家内と二人で昨年春フランスへドライブ旅行 (2004/04/15 - 05/21) をした時のことだ。 シャモニで若い弁護士夫妻と偶然、出会った。 レストランで席に着いたら、隣席で先に食事をされていた。 この日、出逢った初めての日本人ということもあって、家内が何かと話しかける。 男2人は、聞き耳を立てていただけだったが、いつしか会話に加わるようになった。

 我々がシャモニに来たのは、モンブラン Montblanc を眺めるためだが、何と彼らは、モンブランからスキーで滑降するために来たという。 それに、一週間も天候待ちをしていたが果されず、明日、帰国するということだった。

 自然保護の弁護士活動をされていると聞いてはいたが、具体的な話は何も聴いていなかった。 日本に帰ってから、彼らが帰国した翌日に、驚くべき天候の回復があった、とメールを出したら、返信で、詳しく自己紹介してくれた。 メールの中で自己紹介するのではなく、「ヤフーの検索で私の名前を入れてもらうと、幾つかの裁判案件を見ることができます。 よかったらどうぞ!」 とあった。 早速、「????」 で検索すると、出るわ出るわで、驚いたものだった。






§§§ オオヒシクイのこと
 一番の驚きは、我々が旅行する前に、初めて観に行った、オオヒシクイ に関連する記事であった。 高速道路建設に対し、そこを越冬地とするオオヒシクイに成り代わって、気持ちを訴えたものだ。 私は、オオヒシクイが国の天然記念物に指定されていることを知っていたから、このような問題が起っていようとは、全く知らなかったし、想像すらしていなかった。

 大体、私は、今まで弁護士という職業の人とは、縁がなかったし、殺人犯を弁護するとは気が知れない、という古い考えを持ったというか、何も深く考えていない人間だ。 ところが、私が鳥好きだということには関係なく、もの言えぬオオヒシクイに成り代わっての弁論が見事で、なるほど、これが弁護士というものか、これなら分かると、考えを新たにしたものだった。

 このように、もの言えぬ者に成り代わっての弁論は、動物だけでなく、人間の赤ちゃん等に対しても通じることで、当たり前のことらしい。 現に、米国では、動物が訴えて、勝訴した例があるとのこと。

 相手の立場になって、相手と同じ土俵に立って、「聴く」 耳を持たないと、問題は見えてこない。 直ぐには解決できなくとも、問題点が共有できていれば、あとは道を辿るだけだ。 少なくとも、遅くとも、前に進むことができるということだ 。 今まで、日本では門前払いだった、この種の訴えも、今回、裁判所も真摯な取り組みを見せたという。

<参考> オオヒシクイ自然の権利訴訟
<参考> オオヒシクイ
 








§§§ 視界ゼロ
 その夕食後、彼らの行き付けの喫茶店で、ワインを飲みながら、明日のモンブランへの玄関口、エギュイユ・デュ・ミディ (3,842m) の情報を聞いた。 ロープウェーで一気に上るから、高山病になる人もいるという。

 視界が悪ければ、高い金を出しても、もったいないだけだし、富士山より高いところを経験するというのもあるし、と結論は出ない。 それはそうだろう、好みの問題に、ヘタに口出しすると、ろくなことが無い。 そこは、弁護士だ。 いづれにしても、使わなかった酸欠防止の薬をくれるといって、近くのホテルまで取りに帰ってくれた。

 翌朝、フロントから電話があり、ご夫妻が玄関で待っているという。 モンブラン滑降時の携行食品を、もう使わなくなったからと、わざわざ、差し入れのために、訪ねて来てくれたらしい。 既に、旅姿だ。

 私は、郷に入れば郷に従え、を実践しており、やせ我慢も、あともう少しと考えていた。 ところが、お粥さんだとか、カステラだとか、沢山戴いては、この先の難行苦行に絶えられるか心配になってきた。

 彼らを見送った後、ロープウェー乗り場に来たが、頂上は 「視界ゼロ」 と日本語で書いてあった。 ここで引き返しては、あとで後悔すると思って、もしや晴れるかもと安易な期待もあって、酸欠予防の薬(キャラメル状だった)を、口に入れ、登った。 ところが、やはり、奇跡は起こらず、視界ゼロの世界であった。

 それでも、高度約 4,000m という貴重な体験だけはした。 雲間が切れそうな気配があったので、急いで階段を上ろうとしたら、息苦しくなり、身体も重く、これはヤバイと、思い知らされた。

 私は、ここでのスキーは、したくない、というより、生きては帰れまい。 三浦雄一郎のお父さんは、90歳を超えて、ここを滑降したという。 信じられない。









§§§ 晴天なのに
 翌日、朝早くに、目覚めたら、雲一つ無い晴天だった。 シャモニって、素晴らしい景色だと、よく分かった。 ホテルの庭からでも、モンブランが輝いて見えた。 彼らが帰国した翌日だけに、聞けばきっと残念がるだろうと思ったが、あとで、我々も同じように、残念な思いをする結果となった。 だが、このときは未だ気がつかないでいた。

 高い料金だからと言って、この機会を逃したら、一生、後悔する、と思い、8時から動くと知っていたロープウェーに、朝食もとらずに、30分前に、駆けつけた。 それが、行列が出来ているとばかり思っていたのに、誰もいない。 三々五々、観光客が訪れては、記念写真を撮って帰っていく。 不思議なこともあるものだと思いつつ、ツアーでは、上る時間が無いのかな、と勝手な想像をして待っていた。

aiguille_du_midi
『シャモニにて』 2004/05/10  Photo by Kohyuh
 エギュイユ・デュ・ミディ Aiguille du Midi (3842m) を望む


 午前8時、直前になって、職員が車で到着したのでいよいよ開場とばかり、切符売り場に駆け寄ると、一向に、その気配が無い。 ウロウロしていると、先ほどから、仲良く写真を撮っていた、いかにも新婚さん、といった韓国人の二人が近付いてきて、ロープウェイは動かない、と言っているようだった。 それでも、怪訝な顔をしていたら、電光表示板の方を指差して、同じことを言う。

 そんな馬鹿な。 「今日から5日間、点検修理のため、お休み」、と表示している。 職員に確かめても、そうだ、と言う。 ただ、向かい側の山を指差して、あそこは動いていると言っているようだった。

 次の予定のアヌシーまでは、2時間ほどで行けるので、時間は十分あり、気を取り直して、ホテルに戻り、朝食を食べた後、チェックアウトして、車で、プレヴァンのロープウェイ乗り場に向かった。








§§§ さすが、モンブラン
 ここプレヴァン Le Brevent (2,525m) のロープウェイは、動いていたし、スキーを担いだ若者が続々集まってきていた。 途中駅のプランブラ Planpraz の乗換場の外に出たら、素晴らし眺めが広がっていた。

 昨日上ったエギュイュ・デュ・ミディ展望台も、モンブランも、周囲の山々も、まるで絵葉書でも見るように見えた。 もちろん、これから上る、頂上のプレヴァンも、はっきりと見えている。

 そこでの展望を想像すると、待ち遠しくて仕方がないのに、ロープウェイが一向に動きそうにない。 そのうち、スキー客が徒歩で登り始めたり、ロープウェイで帰る者もでてきた。 日本人のツアー客の人達も沢山いたが、皆さん、おとなしく行列している。 様子が分からず、たまりかねて、近くにいた職員に尋ねると、日本語がぺらぺらのフランス人のツアーガイドさんを呼んでくれた。

 彼女が言うには、昨夜の雪で危なくて、スキー客を乗せる分けにはいかないが、眺めるだけの日本人の観光客のために、運行できるよう努力しているとのこと。 小一時間ほど待つ内、プレヴァンの頂上に雲がかかってきた。 何故か、そこの一部だけで、モンブラン側は快晴だった。

 ここになって運転開始となり、頂上に降り立つと、モンブラン方面だけが雲に隠れて見えなかった。 もっと早く動かしてくれていたら、昨日の展望台に近い高さからモンブランを眺めることが出来たのにと、二度まで続いた不運を残念に思う。



Mont-Blanc
『プランプラ (プレヴァン (2,525m) の途中駅) にて』
モンブラン Montblanc (4,810m) を望む
2004/05/10  Photo by Kohyuh
 係員の怠慢を責めたが、上に上ってみると、我々のために汗水たらして、雪かき作業を続けており、事情が良く分かった。 スキーなんて、とんでもない。

 それでも雲が動いているので、もしやと思って、昼頃までねばったが、状況は変わらず、やむなく下山した。










 シャモニの街からから見たモンブランは、他の山より低く見え、騒ぐほどのものでもないなと思っていたのに、プレヴァンのロープウェイから垣間見たモンブランは、一番高いところで白く輝き、さすがに美しかった。 ヨーロッパで最高峰 (4,810m) と聞く。






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